Prologue






マガンは環境の変化に敏感な鳥

温暖化により越冬の北限が400`も北上、             宮城県伊豆沼から北海道静内へ

  マガン越冬地として、その昔、例えば1730年代のガン分布状況(享保・元文
諸国産物帳)を調べて見ると、全国でガンの渡来の記録がない国は、日向(宮崎
県)、播磨(兵庫県の一部)、尾張(愛知県の一部)、信濃(長野県)、陸奥(青森
県と岩手県の一部)のたった5つの地域に過ぎず、いかに全国的にガンが分布、
渡来していたかが分かる。
 だが、マガンは1940年代には推定50,000羽以上が生息していたにもかかわら
ず、以後、国内での生息環境の悪化などが原因で、年々、個体数は減少してい
った。また、わが国の代表的越冬地が次々と消えていく中、残された越冬地は、
次のとおり数えるほどに減少した。


○北海道静内町〜静内川・牧場
○秋田県能代市〜小友沼、
○秋田県大潟村〜八郎潟、
○宮城県田尻町〜蕪栗沼、
○宮城県花泉町〜仙台平野、
○石川県加賀市〜片野鴨池、
○新潟県佐和田町外〜佐渡、
○福井県三国町・坂井町・芦原町〜福井平野、
○滋賀県湖北町・びわ町・西浅井町・浅井町〜琵琶湖、
○鳥取県米子市〜中海、
○島根県平田市・斐川町〜宍道湖
 
 しかし、近年は個体数が増加
1985年〜10,000羽、1991年〜20,000羽、1996年〜50,000羽と
急増し、特に日本へ渡来するマガンの8割が冬を越す国内最大の越冬地 『伊
豆沼』(宮城県若柳町・築館町・迫町)に一局集中の形となっており、物理的に
飽和状態であるとされている。

  ならば、新天地を求め北海道で越冬しても不思議ではないとも考えられるが、
ねぐらとなる河川や湖沼の結氷、生息には最も必要不可欠な草・米等、餌の確
保が降雪により不可能であることなど、生息条件が極めて厳しい事から、マガン
の越冬には不適とされ、道内での越冬は誰もが予想だにしなかった。

  しかし、近年、マガンの個体数が急激に増えたことと併せ、北海道でも越冬が
確認されている現象は、何に起因するのだろうか?。
  考えうる様々な事由、条件を消去していくと最後に残るのは「地球温暖化」で、
これ以外の要素は考えられず、説明がつかないとされる。

  これは、地球の温暖化により繁殖地である北極圏の平均気温が上がり、営
巣や餌の確保が容易になった事に起因し、その結果、渡来数も増加したものと
推測されるからである。

  越冬地の変化では、以前は一つの中継地に過ぎなかった山形県鶴岡市の
湖沼、秋田県八郎潟だけでなく、伊豆沼より北に位置し、これまでは春と秋の
渡りの時期にだけマガンが立ち寄りだけであった秋田県小友沼でも、1990年
代以降、マガンが越冬するようになりその数が年々増加の一途をたどっている。
  この現象については、気温が上昇し続けた結果、沼が結氷しなくなったため
と考えられている。

  また、1995年よりマガンが北海道日高支庁管内・静内町でも越冬を始め、
2000年春には北海道越冬連続5シーズン目を数える至った。

  静内町は、今でこそ道内でも降雪量が少ない地域として位置付けされている
が、昭和30年代には大雪で吹き溜まりが電線に届くほどの積雪があり、現在、
水面が凍らないのでねぐらとして使用されている静内川も、その昔は数百メート
ルもの分厚い氷が川を埋め尽くし、人々が自由に川を往来し、川面(氷上)は自
分を含め多くの子どもたちの遊び場となるなど、往時と比較し現在の気候がいか
に温暖化されているかが分かる。


  ガンは水鳥の中では最も豊かな自然環境がなければ生きてはいけない野
鳥であると同時に、
あらゆる点で環境の変化に極めて敏感な鳥で、これまでも
開発や干拓による湿地環境の消失や環境悪化のため、越冬地を北へ移動させ
てきたが、近年は温暖化という新たな要素が原因となり、個体数が増加、越冬
地はどんどん北上を続けている。

 近世、ガンが生息してきた周辺の環境変化こそ、時の動きや世相を如実に
現しているものはない。

 何より、歴史が全てを記している。


       
 
  
        早い雪解け、豊富な餌(植物)

  伊豆沼へ渡って来るマガンの営巣地は、ベーリング海に面したコリヤーク地方
のベクルニイ湖周辺の低地ツンドラ地帯であることが確かめられている。
  極地地方は最も温暖化の影響を強く受け、気温の上昇割合や二酸化炭素濃
度が最も高い地域である。これらの現象に伴って次の事由が予想される。

●雪解けの早まり〜
   地上に営巣するマガンにとって営巣場所の確保を容易にし、その個体数増
  加に寄与していると考えられる。マガンが繁殖地に戻る5月中旬は、一面雪
  で覆われているのが普通である。雪解けの遅い年は営巣場所が確保できず、
  他の鳥の巣や巣以外の場所に卵を産み捨てる雌も多く、繁殖成功率が著しく
  低くなる。
●二酸化炭素が高濃度になることによる植物生産量の増加〜
   ここで繁殖するマガンにとっては、今のところ個体数を増加させるのに有利
  な条件になる。食物となるツンドラのスゲ類等の植物量を増加させ、マガン
  に対する環境収容力を高める。
 
  しかし、繁殖地についての情報は、まだ不十分で今後は地上からの調査とと
もに人工衛星を用いたりモートセンシング調査等で、環境変化のモニタリング調
査を開始する必要がある。このまま極地の温暖化が続くと、マガンの繁殖環境
のツンドラ地帯は、森林地帯へ遷移する。
 マガンは個体数が増加する一方で、生息環境は減少し、突然、個体群全体が
壊滅してしまう可能性もある。


   
           ※地球温暖化に関するデータ・考察は、日本雁を保護する会提供
          ※引用(転用)文献〜「マガン」池内俊雄著、文一総合出版

              「SClaS」/温暖化とともに北上するマガンの越冬地 :呉地正行